MESSAGE FOR OTA
区政への思い
現場の声を区政につなぎ、
暮らしに寄り添う大田区へ。
I am only doing what I can do.
私はこれまで、自衛隊、海外生活、起業、そして区議会という、 それぞれ異なる世界を経験してきました。 その中で変わらず大切にしてきたのは、 自分の目で現場を見て、自分の頭で考え、必要だと思ったことを行動に移すこと です。
01 / MY ORIGIN
私の原点
私は、10歳の時に父子家庭の父を癌で亡くして以来、 独立独歩頑張ってまいりました。
15歳で航空自衛隊生徒 (防衛省の高校相当制度)第18期生として入校し、 厳しい教育を受けました。
その結果、何事にも動じない強い精神力と体力、 国民を護るという使命感、 さらには強い国家観を持つことができました。
その後、渡米して皿洗いをしながら大学へ通いました。 帰国後は、到着した羽田空港から近いという理由で大田区に住み、 起業しました。
多くの方々の善意と応援に励まされながら生活する中で、 区議会議員立候補のお話をいただき、 平成11年に初当選をさせていただきました。
02 / POLITICS
区政との出会い
区役所や区議会という場は、 私がそれまで経験してきた民間の世界とは、 まったく異なった時間、異なった価値、 異なった感覚を持った方々の世界でした。
区議として4期。 在任中は一人で 「お役所や学校の非常識」の改革に努め、 大いに実績をあげたと自負しています。
平成24年には国政へ挑戦し、 第46回衆議院議員選挙に出馬しました。
44,999票をいただき第2位となりましたが、 議席には至りませんでした。
その後、地元や党から 「再度地方自治の場へ」とのお言葉をいただき、 熟慮の末、平成27年に再び区議会の場に 立たせていただきました。
03 / REFORM
「北風」から「太陽」へ
その後の3期は、 今までの猪突猛進から少しおとなしくなったかな、 と思っています。
「北風でコートを脱がす」改革から、
「太陽で脱がす」改革へ。
区職員や元区幹部からは 「お前、最近追及が甘くなった」 とお叱りをいただくこともあります。
しかし、いつまでも吠えるだけではない。 浪人中の国会議員公設秘書など、 さまざまな経験を通じて、 そう感じるようになりました。
04 / ONE VOICE
一人でも、できることがある
「議員一人で何が出来るの?」
区内で出会う多くの方からいただく質問です。
確かに、多くの予算を必要とする事業や、 条例を改正しなければならない事案では、 大会派が有利なのは民主主義の仕組み上当然です。
しかし私は、 正論は、たとえ一人であっても、 必ず議会や役所の良識を動かすことができると 信じてやってまいりました。
そして、区民の皆さんや志ある区職員の支援もあり、 多くの成果につながってきました。
I AM ONLY DOING WHAT I CAN DO
ハチドリ「クリキンディ」の話
南米アンデスの古い伝説に、 ハチドリ「クリキンディ」のお話があります。
森が燃えたとき、 森の生きものたちはわれ先にと逃げていきました。
しかしクリキンディだけは、 くちばしで水のしずくを一滴ずつ運び、 火の上へ落とし続けます。
動物たちは、 「そんなことをして、いったい何になるんだ」 と笑います。
「私は私に出来ることをやっているだけ」
MY COMMITMENT
私はこれからも、
大田区のクリキンディ
であり続けたい。
これからも私は、大田区の皆様の 幸せ創りのために働いていく決意です。
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